
弟橘媛は自身を犠牲にして夫のピンチを救った

弟橘媛は、ヤマトタケルが東国平定の際に同行したお妃です。
ヤマトタケルは焼津の豪族を撃退したのち、三浦半島から海路で房総半島に渡るのですが、
その時、海が荒れて船が進まなくなりました。
この窮状を海神の怒りだと思った弟橘媛は、海に身を投じて海神の怒りを鎮め、夫の渡航と東征を成功させました。

ヤマトタケル一行が渡った走水海(浦賀水道)。対岸に三浦半島が見えます。

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ヤマトタケルゆかりの地に建つ「弟橘姫をしのぶ碑」(千葉県富津市)
弟橘媛は自身を犠牲にして夫のピンチを救った弟橘媛おとたちばなひめは、ヤマトタケルが東国平定の際に同行したお妃です。ヤマトタケルは焼津の豪族を撃退したのち、三浦半島から海路で房総半島に渡るのですが、その時、海が荒れて船が進まなくなりました。こ

弟橘媛のお墓がある橘樹神社(千葉県茂原市)。

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富津市の名前の由来「布流津」伝説
ヤマトタケルが房総半島に上陸した後、弟橘媛の衣の布(腰巻)が流れ着いた津が布流津となり、それが転じて富津となりました。
また、近くの吾妻神社には、弟橘媛の遺品である櫛が祀られています。
富津市近隣の地名も伝説に由来している
ヤマトタケルは弟橘媛の死を悼み、
「君去らず袖しが浦に立浪のその面影を見るぞ悲しき」
という歌を詠んでいます。
君去津が「君津」「木更津」、着物の袖が流れ着いた辺りが「袖ヶ浦」となりました。
慈悲深い顔の弟橘媛像

岩瀬海岸を背にした弟橘媛は、観音様のような慈愛に満ちた優しい表情をしています。
弟橘媛像の周り

緩やかな階段とスロープがあるバリアフリーな作りで、石のベンチが置いてあります。
アクセス
弟橘媛をしのぶ碑(おとたちばなをしのぶひ)
- 住所:千葉県富津市岩瀬993
- 入場料:無料
- 駐車場:有
- トイレ:無
- 公式サイト:無

駐車場は施設のすぐ横にあり、3~4台駐車できるスペースです。
出入口が狭く、思ったより交通量があるので注意が必要です。
最後に
向かいにある「寿司・活魚料理いそね」さんは、富津名物「はかりめ丼」で有名です。1日限定10食のはかりめ2色丼が1番人気とのことなので、富津に立ち寄った際は、ぜひこちらも堪能して下さいね。


