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小西檀林跡・正法寺(千葉県大網白里市)

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小西檀林跡(正法寺)とは

小西檀林は日蓮宗の学問所で、関東三檀林の一つです。

小西法縁発祥の寺でもあり、最盛期には900人を超える学僧が学んでいました。

関東三檀林

  • 飯高檀林 / 妙雲山 飯高寺はんこうじ(千葉県匝瑳市)
  • 小西檀林 / 妙高山 正法寺しょうぼうじ(千葉県大網白里市)
  • 中村檀林 / 正東山 日本寺にちほんじ(千葉県香取郡多古町)

小西城主・原肥前守胤継はらひぜんのかみたねつぐが自分の居城を提供して寺とし、長禄ちょうろく2年(1458年)に妙高院日意みょうこういんにちいを招いて開山しました。

第7世・妙道院日悟は、天正てんしょう8年(1580年)に徳川家康から檀林開設を許可され、京都松ヶ崎檀林より通王院日裕つうおういんにちゆうを招き、ここに小西檀林を開檀しました。

290余年にわたり隆盛を極めましたが、明治5年(1872年)の学制発布により廃檀となりました。

明治6年(1873年)の大火により七堂六殿五棟の大半が焼失し、現在は中門と本堂(旧講堂)が残っています。

檀林とは、室町末期から江戸時代にかけての僧侶の学問修行場です。檀林は「栴檀林せんだんりん」の略語で、僧侶の集まりを栴檀(香木の白檀)の林に例えて、高貴な人々の集団になぞらえたものと言われています。

小西檀林略図

案内図を見ると、かなり大きな施設だったことが伺えます。

中門

中門は、延宝えんぽう6年(1678年)に徳川家綱が200両を寄進し、建立されました。

建築様式は、唐様の切妻造四脚門となっています。

扁額「妙高山」の文字は、後西ごさい天皇の皇女・理豊りほうの宮(理宝の宮)の手によるものと言われ、上部中央に菊の紋章があります。

本堂

旧講堂を改築した本堂は、四代将軍家綱いえつなが東金御殿にあった将軍の鷹狩の宿舎を寄贈したものです。

移築されたのは寛文かんぶん11年(1671年)で、玄関と屋根に葵の紋があります。

鐘楼

境内社

観音様

妙見堂

妙見堂から望む全景。

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アクセス

小西檀林跡(こにしだんりんあと)

参考資料

御朱印でめぐる千葉のお寺
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千葉 ぶらり歴史探訪ルートガイド
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