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平将門が勝っていれば千葉の方が有名になっていたかも?「奈良の大仏」(千葉県市原市)

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奈良の大仏とは

奈良の大仏は市原市奈良にある釈迦如来像で、高さが約1.7mの石製立像です。

したがって、ここが千葉であっても、奈良にある大仏だから「奈良の大仏」というのは間違いありません。

初代は承平じょうへい元年(931年)に銅像で建立されたと伝えられ、その後何度か造り直されたのち、文化元年(1804年)に建立されたものが現存しています。

台座には、以下のように書かれています。

  • 承平元辛卯
  • 春建立
  • 再三之造立
  • 八百七拾四年自
  • 文化元甲子歳
  • 釈迦如来
  • 十月十六日
  • 玄題三千部
  • 上総国市原郡
  • 奈良村

平成23年(2011年)の東日本大震災で像が台座から落ちて損壊しましたが、市と住民が費用を折半して修復されました。

平将門が建立した奈良の大仏

平将門は朝廷の政治に不満を持ち、下総付近で反乱を起こしました。

自ら新皇(新しい天皇)を名乗った将門は、京を模した都を岩井(茨城県坂東市)に置き、奈良・東大寺の大仏を模した仏像を市原市の奈良に建立しました。

勝手な妄想なのですが、初代の仏像が東大寺の大仏に似せたものだったら、本当はもっと大きなものだったのではないでしょうか。もしも将門が戦に勝利して、その仏像が現存していたならば、有名になった奈良の大仏は千葉の方だったかもしれません。
でも、現在の仏像は小さいですけど・・・。

「将門伝説」では、将門の愛人・桔梗の前が同地区に住んでいたと伝えられ、桔梗の前の墳墓は大仏に近い永吉地区にあります。

※桔梗の前は、後に将門を討つ平貞盛たいらのさだもりの協力者である藤原秀郷ふじわらのひでさとの妹で、スパイとして将門の愛人になった女性です。

奈良の大仏のご尊顔

私には、優しくて可愛らしい顔に見えました。

奈良の大仏を囲む木々

仏像を取り囲むように、スダジイ、スギ、イチョウ、クロマツ、モミが茂っているのですが、入口の左右にあるスダジイに目を引かれました。

右のスダジイ。

左のスダジイ。

左右のスダジイが絡み合って、アーチを形成しています。

ここから先へ踏み入ると、まるで別世界のような感じがしました。

アクセス

奈良の大仏(ならのだいぶつ)

  • 住所:千葉県市原市奈良字大仏台269-2
  • 入場料:無料
  • 駐車場:有
  • トイレ:有
  • 公式サイト:無

大仏通りにある奈良の大仏の案内板が小さくて、見落としてしまいました。

車で行く場合は、カーナビをセットしておく方が無難です。

駐車場は車道と段差があるので、注意が必要です。

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