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困窮した農民を命を懸けて救った義民・佐倉宗吾が眠る「宗吾霊堂」(千葉県成田市)

宗吾様の遺徳は知っていましたが、このお寺を訪れる機会がなかなかありませんでした。

秋は紅葉が綺麗ということなので、少し時期が早いですが、お参りさせていただくことにしました。

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宗吾霊堂とは

宗吾霊堂の正式名称は「鳴鐘山東勝寺宗吾霊堂」と言います。

義民・佐倉宗吾の霊が祀られていることから、宗吾霊堂として広く知られています。

開創年代等については不詳ですが、桓武天皇の時代、征夷大将軍・坂上田村麻呂が房総を平定し、戦没者供養のために建立された真言宗豊山派の寺院です。

今からおよそ350年前、佐倉宗吾(本名・木内惣五郎)は、佐倉藩城主・堀田氏の重税に苦しむ農民のために将軍・徳川家綱に直訴し、その罪により宗吾と4人の男子は公津ケ原刑場で処刑されました。

佐倉藩領主が堀田正亮ほったまさすけになると、宗吾の百回忌に「宗吾道閑居士」の法号を贈ることで祖先の非を認め、その遺徳を公にしました。

堀田正順ほったまさなりの時代には「徳満院」の院号と石塔一基を寄進し、堀田正時ほったまさときの時代には宗吾の子孫に田高5石を供養田として与えています。

その当時、木内家の次女は水戸藩領内に嫁いでいて処刑を免れました。そして佐倉藩から木内家の再興を認められ、夫と死別した後に実家に戻りました。彼女の子孫である現在の17代当主が佐倉宗吾旧宅を守っています。

仁王門と霊廟

宗吾霊325年祭記念事業で建てられた「大山門」です。

左右には2.66mの金色仁王尊が安置されています。

こちらは参道に建立された、宗吾様のお墓です。

ここはかつての公津ヶ原刑場で、処刑された宗吾様と4人のお子さんがこの場所で眠っています。

宗吾様を弔うためのお線香が用意してあり、多くの人がお線香をあげるそうです。

本堂

扁額は、徳川宗家16代当主・徳川家達とくがわいえさとによるものです。

家綱には実子が無く、家達は田安家出身なので直系ではありませんが、何か縁を感じたのでしょうね。

横の扉が開いていたので、中を見ることができました。

真裏に回ると、扉の隙間から夢想出現大黒天が姿を現していました。

本堂のガラス戸に映る銀杏の木。

本堂の右手には、色づき始めの紅葉があり、秋を感じました。

薬師堂

以前は五霊堂と呼ばれ、宗吾様と共に直訴を行った罪で佐倉領を追放となった五人の名主が祀られていました。

近年に五人の御霊が本堂に移されると、薬師堂と改称されました。

中央には薬師瑠璃光如来が祀られており、

右手には大黒天も祀られていました。

宗吾殿

奥之院

大本坊

宗吾霊宝殿

鐘楼堂

アクセス

東勝寺宗吾霊堂(とうしょうじそうごれいどう)

  • 住所:千葉県成田市宗吾1-558
  • 電話:0476-27-3132
  • 駐車場:有
  • 参拝時間:自由
  • 公式サイト:http://sougo.frenchkiss.jp/

参考資料

御朱印でめぐる千葉のお寺
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千葉 ぶらり歴史探訪ルートガイド
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